2日目の朝。
今日も盛り沢山のスケジュール。
天気は今一つだが雨は降っていない。
ホテルから最初の目的地へ行くまでアルノ川沿いを歩いた。

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川向こうに見える景色。
残念ながら名前が分からない。


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最初にやってきた…というよりまずは外観だけの洗礼堂。
詳細は追々。
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少年たちが剣を持って馬車に乗っていた。
何かイベントをやっているようだった。
じっくり見る時間がないのが日本人ツーリスト。。。
横目で見ながら目的の場所へ。
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最初の目的地である
「ジョットの鐘楼」
白と緑とピンクの大理石の装飾で覆われている。
高さは85m。
こちらも階段で上まで登ることができる。
クーポラは463段あったが、
鐘楼はそれよりやや低め。
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途中の小窓からこんな近くにクーポラ!
お気に入りの1枚。
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ジョットの鐘楼からの眺めはここだけのもの。
昨日はクーポラにも登ったのだ。

最上部からはフィレンツェの街並みを
大パノラマ360°で楽しめる。
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フィレンツェの街はオレンジ色。
太陽の光に照らされていたら
もっと明るくて光っていただろう。

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途中、下を見ることができるのだが、
ちょっと足がすくむ。

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昔は、この鐘でさまざまな局面を
街中に知らせていたのだろう。
ボッティチェッリの生涯を描いた小説
「春の戴冠」では
いい知らせも、良くない知らせも
鐘の音で伝えていたことがうかがえる。
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向こうに見えるのはヴェッキオ宮。
今回は中をゆっくり回る時間を取っていない。
次回のお楽しみとしておく。


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# by gozirappa2 | 2017-10-14 20:27 | Centro area | Comments(0)
初めてのイタリア、感動の初日。
しかし、歩き回って気がつくとすっかり辺りは暗くなって夜になっている。
美食の国へ行くと言うのに、今回はグルメについてはあまりノーチェックで来てしまった。
それだけ、「観て回る」スケジュールを組むのが大変だったのだ。。。(言い訳)
ということで、ホテルへ帰る途中に「いい感じの店」があったらとにかく入ろうと決め
ウロウロしながら入ったお店で初のディナーを楽しんだ。
とはいうものの、疲れちゃってあまり食べられそうもなかったので軽めに。
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まずはワインでしょ、ということでハウスワインをオーダー。
ほとんどのお店にハウスワインが置いてあり、デカンタで頼んでも5~6€だった…。
しかも、これがまた美味しいのである。
個人的には、この初日のお店のハウスワインが一番おいしかった。
残念ながらお店の名前は分からず…。
重くなく、軽くなく、疲れた体にはちょうど良かった。
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次に必ず運ばれてくるのがパン。
一切れでも食べると一皿分として料金発生。
食べなければカウントされない。
もちろん、私たちは頂きました。
日本のパンに慣れていると、ちょっとモソッとして食べにくいかも。
「付け合せ」のパンにはもってこい。
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モッツァレラチーズとトマトのサラダ。
あまりにも定番すぎー。
しかし、トマトにかけられたオリーブオイルがやっぱり全然違う。
オイルが違うと料理も変わる。
いやー、オリーブオイルってスゴイ、と呟いてしまった。
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これまた定番すぎるパスタ。
私はラグーソースのペンネを注文。
アルデンテのペンネにソースをしっかり絡めて。
粉チーズもたんまりと。
ワインともピッタリ、ボソッとしたパンも生き返る。
「あー、たまんない。この先が楽しみだなー」
ひとり呟き初日を終えた。

気づいたら、フィレンツェに行ってから1年が経っている。
それなのに、ようやく初日のレポートを書き終えるとは・・。
一体、何年かかるんだ?

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# by gozirappa2 | 2017-09-30 17:05 | gourmet | Comments(0)

今日の足跡

日本人ツーリストの如く、初日から「目的ありき」で精力的に移動してしまう。
本当は、もっと周りを見ながら、街の息遣いを感じながら歩けたら良かった。
観光地と言えども、この街で生まれ育った人がいて、
歴史を紡いできた人たちがいて(しかも壮大な歴史)
生活を営んでいる事実もある。

そんな日々の暮らしを想像しながら、歩いてみたかった。と今思う。
この次来た時は、ぜひ、そういう旅がしたい。
そのために、必ずもう一度、ここへ戻ってきたいと思う街だった。
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向こうに見えるのがドゥーモ。
今朝、登ったのが遠い昔のような気がする。

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# by gozirappa2 | 2017-09-19 14:50 | via | Comments(0)
プライベートでバタバタしてしまい、すっかり更新が滞ってしまった。。。
まだまだ旅は続いているのだけど。。気長に更新していこうと思う。
フィレンツェを反芻しながら。

ということで、今回はちょっとブレイク。
お土産もたくさん買ってきたけれど、既になくなったものも多い。。。
ということで、お土産第一弾として一寸ご紹介。
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まずはトスカーナ地方の「モンタルチーノ」で買ったオリーブオイル。
小さなお店がたくさんあったカワイイ街で見つけた。
小瓶というのも持ちやすく、注ぎやすく、部屋のインテリアにもなっている。
(今は空瓶だけど、そのまま置いてある)
向かって左はプレーン、右はバジルが入ったフレーバーオイル。
「飲めちゃうよ!」と思わず言葉にしてしまうほどフレッシュで、
香りがとってもいいし、サラッとしていてオリーブジュースのようだった。
パンはもちろん野菜との相性も抜群。豆腐にも◎。刺身にも◎。
最近のお気に入りはカツオの刺身やタタキに垂らして白ワインと一緒に。
日本酒にもピッタリである。。
恥ずかしながら、今頃オリーブオイルの奥深さに開眼してしまった。
ラベルもかわいい。私は「糸杉」が大好きなのである。
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お次は「ペコリーノ・トスカーノ」チーズ。
これまた本当にたまらないお味だった。
日本では食べたことがないぞ、と思った。
もっと大きいものを買ってくれば良かったと本当に後悔。
なぜなら、日本で買うと「フィレンツェ行った方がいい」と思うくらい高い。
そして小さい。こんな大きさのチーズなんて買えない、と思うほどだ。
私はグルメレポーターの経験もほとんどなく、味を表現するだけの語彙力がない。
ぜひ、食べてみてほしい。



まだまだ続くよ、フィレンツェ紀行。
もう1年経つんだと思うと、本当に時間の経過はあっという間。
今年はイタリアへ行くことはできずに終わりそうだが、
来年は「目指せローマ ~続・ルネサンス紀行~」を目論んでいる。

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# by gozirappa2 | 2017-09-12 22:41 | souvenir | Comments(0)
それにしても、やはり海外の美術館や博物館は「心が広い」
つくづくそう思ってしまう。
ということで、ダビデを一周してみた。
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このダビデ像は右半身に重心を置き、右手が異常に大きい。
これは、ヘブライ語のダヴィデという名前に「強き手」という意味があると語った人がいて、
そこからヒントを得たとされているらしい。
また、キリスト教の伝統では右は正義、左は悪の方向とされている。
そのため、ダヴィデは左側を向き、
これからフィレンツェを襲う敵に立ち向かっているという。
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後姿もかっこいい。
キュッとしまったヒップが羨ましい。

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フィレンツェには合計3体のダヴィデがいる。
どれもやっぱりダヴィデなのだが、やはり屋内にいらっしゃるこちらのダヴィデが
一番保存状態も良く(当たり前か)当時の艶感が伝わってくる。
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当時のミケランジェロがこの様子を知ったら何というのだろう。
「なんだって3人もダヴィデを作るのさ!」

これまた全くの余談である。


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# by gozirappa2 | 2017-07-25 18:08 | museo | Comments(0)
入り口付近のミケランジェロ作品に一通り目をやって、
さて、奥へと進もうとする。

否応なく目に飛び込んでくるのが、彼。アイツだ。
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私たちを温かく迎え入れるというよりは
「で、君もオレ様の肉体美を見に来たの?」
「どこからでも好きなだけ見て行きなよ」
そんな威風堂々とした佇まいだった。
これまでミケランジェロの作品を通して私が勝手に想像した彼が
そう言わせているのかもしれない。
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ダヴィデは、旧約聖書に出てくる3メートルもある巨人「ゴリアテ」を
紐と石だけを持って対峙し倒したとされる人物。
ルネサンス期においては彫像や絵画のモチーフとして
「ダヴィデとゴリアテ」はよく用いられている。
ちなみにドナテッロもダヴィデ像を制作しているが
全く違うから面白い。
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当時のフィレンツェは周辺地域との戦闘が続いており、
小国であっても周りを押しのけ立ち向かっていく意思の表れとして、そして
共和制の敵を打ち倒す正義のシンボルとして制作されたそうだ。
ミケランジェロ26歳の作品。やはり天才だ。
そして、完成した数少ない作品の一つでもある。
ここまで忠実に人の体を石で彫ることができるなんて、
「すごい」以外の言葉は見つけにくい。

それにしても、こんな間近で柵も囲いもない状態で
彼を見ることができるなんて。
海外の美術館はやっぱり太っ腹だ。

日本はどこへ行っても、何が来ても囲いやロープがあったり
床に黄色いテープが貼られていたりする。
そんな光景を見る度に、徒然草の「神無月のころ」の一文を思い出す。
「この木なからましかばとおぼえしか」。
全くの余談である。


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# by gozirappa2 | 2017-06-13 20:34 | museo | Comments(0)
サン・マルコ美術館を見ることができず落ち込んでいるヒマはない。
フィレンツェ観光初日、最後に予定していたのはアカデミア美術館。
あのミケランジェロの生ダビデが展示されている。
比較的遅くまでオープンしている…とガイドにあったが、
鵜呑みにしてサンマルコの二の舞になってはアカン!
ということで、足早にアカデミア美術館へ。
徒歩でドンドン行けてしまう街の規模感もフィレンツェの魅力と言える。

アカデミア美術館は規模としては小さいものの、いつも観光客が長蛇の列をなしているという。
ただ、この日は夕方5時近くに行ったこともあって、ほとんど並ばずに入場することができた。
ゆっくりじっくり見るにはたっぷり時間がかかりそうだが、
ひとまずお目当てを見るには夕方近くに行った方がストレスが少ないかもしれない。

なお、アカデミア美術館は、もともとヴァザーリによって設立され、
コジモ1世が初代総長を務めたという美術学校が始まりと言われている。
18世紀には教育機関として若者の育成に励み、
美術品の収集にも力を入れたことで美術館を開館したそうだ。
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入って、まず目に付くのがこれ。
ジャンボローニャによる「サビニの女たちの略奪」(邦題)。
イタリア語では「Ratto delle Sabine」。
古代ローマの伝説的挿話のひとつだそうだ。
本物はシニョーリア広場のロッジアに展示されており、
こちらは同じ大きさの石膏模型である。
こうした模型や模写の作品が数多く展示されているのも
アカデミア美術館の特徴と思う。

そして、ミケランジェロの作品が登場する。
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<PRIGIONE(奴隷像)>と題された像は合計4体ある。
ローマ法王の墓碑の彫刻にされるはずだった。
が。計画は大幅に縮小され、作品は途中で放棄されたのであった。
またもやミケランジェロ、やってくれるのである。
しかし、こうした途中放棄の作品を見ていると
こうやって彫刻は進められるのだなぁと
改めてその才能やセンスを実感せざるを得ない。
大きな石の塊から掘り起こす…。
数学の「相似な図形」が苦手だった私には無理な話である。
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「パレストリーナのピエタ」。これも途中である。
ピエタとはイタリア語で「哀れみ、慈愛」という意味。
聖母子像において、十字架から下ろされたキリストを抱える
聖母マリアの彫刻や絵のことを指す。
ミケランジェロは4体ほど作成したと言われているが、
完成したのはたった1つ。
それが「サンピエトロのピエタ」(サンピエトロ大聖堂)である。
フィレンツェには2つほどあって、これはその1つ。

私は彫刻に詳しくないが、どうやら下から掘り込んでいくようである。
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アカデミアというだけあって、美術学校だったこともあり
生徒たちの習作がたくさん並んでいる。
私は本当に無縁だったなぁ。
粘土細工も幼稚園で終わった気がするし、
20年くらい前にやった陶芸が最後かも。

そうして歩みを進めると見えてくるのが、アレである。

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# by gozirappa2 | 2017-05-07 16:58 | museo | Comments(0)
昼食を済ませ足早に次の予定地へ急ぐ。
いかにも日本の観光客らしいスケジュールだけれど、
最初に書いた通り、今回は週末を挟んだ旅程ということもあり
教会の類は開いている時間が限られている(言い訳)。

よし、何とか間に合った!と思って教会の前に立つも、
肝心な「美術館」は閉まっている様子。
扉に貼られていた開館時間を確認すると、
なんと事前に調べていた時間より30分早いではないか!
「あーーーーーーー」と言う声しか出なかった。
落胆。
まさにそんな気持ちだった。

教会は辛うじて開いていたので中に入ってみた。
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サン・マルコ教会に罪はないのだが、
写真もこれしか収める気持ちにならず。。
そんな気持ちで教会に入ったことを懺悔して「サン・マルコ教会」を後にした。
次回またおいでよ、と言ってくれているのだ!と思い直して。


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# by gozirappa2 | 2017-03-14 21:07 | chiesa | Comments(0)
ようやく、初日のお昼にたどり着く。
時は既に午後2時近く。
この後、1つの寺院と1つの博物館に行くことにしている。
そう、ゆっくりランチを頂いている時間もない。
次の場所に行く途中、2013年に大規模改装された中央市場があったので迷わずGo!
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え?せっかくの中央市場なのに、写真はこれだけ?
実はチョ~激混みでカメラを向けるどころの余裕はなく、
席取り、場所取り、どこの店がいい?メニューが人で見えない。
ショーケースまでたどり着けないよ。
そんな状態だったのでした。
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やっと見つけた奥の場所でひっそり食べたランチ。2人分。
午前中の圧倒的な感動の余韻と、市場の人混みと、イタリア人の陽気さと。
イタリア語に不慣れでメニューが分からないのと、紙幣を使い慣れてないのと。
そんなこんなで、それほど空腹も感じず。
しかして、味はどれもBuonissimo!
少量ながら、いずれもイタリア名産品。
特にここではチーズとトマトが絶品だった。
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中央市場の女子トイレ。
最初、子供用に入ってしまったかと思った。
いいねぇ、トイレって一目で分かる。
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トイレに入ってドアを閉めてもこんな感じ。
落書きしたくなる気持ちも分かる。
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余談だけど、今回の旅で大活躍したウェットティッシュ。
なんとなく、上のトイレのデザインとマッチしている…。
そんな気がしてカメラに収める。
実は結構気に入っているキャラのひとつ。

食事の後(レストランは市場の2階)、1階の市場でお買い物。
日本人の店員さんがいるという気安さもあってちょっと買いすぎ。
夕方荷物を取りに来ます!と預かってもらって次の目的地へ。


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# by gozirappa2 | 2017-02-03 23:20 | gourmet | Comments(0)
サン・ジョヴァンニ洗礼堂と言えば「門」を見ずして帰れない。
ちょうど、下の写真に写っている扉がそれである。
作者はギベルティ。本来は単純に「東側扉」というのだが、
その素晴らしさゆえ、ミケランジェロが「天国の門」と称賛したという。
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これがその扉である。

旧約聖書の物語を描いた、10枚のブロンズのレリーフが埋め込まれている。
現在はレプリカが置かれており、本物はドゥオーモ裏にある付属美術館に収められている。
しかもこのレプリカは日本人が寄贈したそうだ。
フィレンツェは「競い合わせる」ことが好きな国民性があり、
実はこの門の制作もコンクールが行われ、ギベルティとブルネッレスキが最終まで残った。
結果的にギベルティが勝者となり門の制作が委ねられ、
敗者となったブルネッレスキはローマへ行き彫刻から建築へ意を変え、
後にあの大聖堂のクーポラを建築することになったのである。
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ブロンズは大理石に比べたら掘りやすいのか?などと勝手に思うのだが、
それにしてもやはり精巧にして緻密であり、骨の折れる作業だったろう…。
と、当時の様子に思いを馳せるだけで気が遠くなってくる。
どうも禿げ頭の殿方はギベルティの自画像らしい。
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本当に細かいのである。すごくないですか、これ。
しかも限られたスペースに遠近法を用いて奥行まで演出。
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細部の細部にまで力を抜かずに全力投球。
そんな簡単な言葉を使うと怒られそうだが、
ひとまず「天国の門」ということで許してもらおう。

本物はもっとキンキラキンに光っていた。


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# by gozirappa2 | 2017-01-21 21:56 | duomo | Comments(0)
ドゥオーモの向かいにある洗礼堂。
フィレンツェで最も古い聖堂建築のひとつ(11~12世紀)と言われ、
八角形の建物は白と緑の大理石で埋め尽くされている。
こうした外観装飾はローマ建築の伝承とも言われているそうだ。
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中に入って一番に飛び込んでくるのは、
この天井画である。
絵というか、これはすべてモザイクというから驚く。
描かれているのはキリスト教の「最後の審判」のシーン。
真ん中にいるイエスに向かって左側が「天国」
右側は「地獄」が表されている。
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こちらは「天国」チーム。
みな穏やかに(ホッとした表情?)座り
天使がいたりする。
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一方の「地獄」と言えば…。
裸にされ、倒され積まれたりしながら
悪魔や魔物に食べられていたりする。
この地獄絵は、作者の宗教観が表れたりして
絵の数だけ地獄の世界もある…。そんな感じ。
しかし、どれも意外とグロテスクに描かれている。
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それにしても、光り輝く金色のモザイクを
こうもびっしり埋められるというのは
それが仕事と言えども
やはりスゴイなぁと思ってしまう。
他の言葉が見つからない。
そして、今なお残っているということも素晴らしい。
今は21世紀である。ざっと700年以上の月日が流れている。
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床もモザイク。
はがれている部分もあるが
保存状態は良好。
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これもそう。
とにかく緻密で精巧。
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ヨハネス23世の墓。
巨匠、ドナテッロとその弟子ミケロッツォの作品と言われている。
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この法王、かなり悪評が高かったらしいが、
(それなりに悪行もしていたようである)
メディチ家の便宜を図ったということで
このような立派な場所に葬られたそうだ。
しかも、ドナテッロの制作によって。
寄進者はコジモ・ディ・メディチ。

ここに眠った時、法王はどんな気持ちになっただろう。


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# by gozirappa2 | 2017-01-09 17:21 | duomo | Comments(0)

クーポラに登る

いよいよ、次はクーポラに登ることにした。
登るといっても、観光用に通路を作られているわけではないので、
いわば作業用の通路だったところを登っていく。
入口はドゥオーモとは別に設けられている。
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大人の男性(中肉中背、やや中年太り気味)一人がようやく通れるくらいの道幅。
しかも一方通行になっていないところもあり、
「行き交う人もまた旅人なり」(意味は全然違うけど)なのだ。
この写真の左側に「待避所」のような小さな踊り場があり、
すれ違う必要があったときは、そこでどちらかが待つ。
しかし、体の大きな外国の男性が来た時は
「それもムリ!」という感じでちょっと大変だった。
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こんな急な勾配のところもある。
ちょうどクーポラの丸みを帯びた部分を歩いている…。
ここをブレネッスキはじめ多くの画家たちが絵具をしたたらせ
右往左往しながら歴史を作っていったのかと思うと、
疲れを感じるより途方もない時間の流れを感じたりした。
しかし、全463段がこんな感じ。狭くて急。
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ところどころ、このように意匠を凝らした「窓」が造られていて
外の空気を運んでくれるとともに、下界に広がるレンガ色の街並みを見ることができる。
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ちょうど向かい側に立っている「ジョットの鐘楼」。
明日はあそこにも登るぞ!と意気込む。
筋肉痛を心配しながら…。
しかし、スマホのカメラ機能は素晴らしい。
こんな近距離でも手前の格子をキレイにぼかしてくれる。
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このクーポラ(円蓋)の構造がよく分かる。
ローマ建築を基本としているそうだが、このように二重構造にすることで
足場を作らず自立(といって良いかどうか微妙だけど)させている。
よって巨大な円蓋はお互いを支え合っているため、
梁がなくともあのような美しい半円球型を維持しているのだそうだ。
昔の人はすごいなぁ。
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これは先ほど行った「メディチ家礼拝堂」。
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こちらの丸窓のステンドグラスも素晴らしい。
しかし、よく創ると思う。しかも、ここだけではない。
フィレンツェの街中にこうした建築があふれている。
当時のエネルギーたるや、すごいものがあったのだろうなと
タイムトリップできるのであれば、ぜひ行ってみたいと思う。
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天井のフレスコ画を縦長に見る。

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天井のてっぺんまでぎっしりと描かれている。
遠近画法が研究され始めていたとはいえ、平面ではない丸みを帯びた「壁」に
立体的に、しかも写生ではなく頭の中にあるイメージを描き出し、色を載せていく。
いやはや本当にすさまじいことだと言葉を失い、口をあんぐりあけて上を見上げていた。
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当時の建築道具や画材道具などが途中の空間に置かれている。
「え、こんなんで?」と思ってしまうものばかり。
しかし、今から500年以上も前と思うと、進んでいたのかもしれない。
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ようやく、クーポラの最上部へ出る。
以下はそこから見える360度の大パノラマ。
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正面にメディチ家礼拝堂

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やや左側に見えるのは「サンタクローチェ教会」
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正面の高い塔はヴェッキオ宮(現在も一部は市役所となっている)。
その奥にウフィツィ美術館が繋がっているように見える(コの字型)。
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トスカーナの山々。
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私はヨーロッパの雲が好き。
低く流れるが全然重たさを感じない。
今にもつかめそうな処にあるのも夢があっていい。
なんだかゆったりしていて、いいなぁとぼんやり思う。

余談だけど、バリ島の雲も好きである。
雲はこうやって生まれるのか、、と海に浮かぶ雲を見ていると思う。
雲の影が海に映ったりして、これまたゆったりしている。
いいなぁとぼんやり思う。

さて、お昼に向かおう。

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# by gozirappa2 | 2016-12-08 21:13 | duomo | Comments(0)
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Duomoの中は華やかな外観とは反対にかなりシンプル。
灰白色の壁にグレーの梁がアクセント。
装飾も少ない。
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こちらも柱で3廊に仕切られている。
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こちらが主祭壇。
残念ながら柵が設置されており近くまで進めなかった。
進みたかった。
というのも、この主祭壇の左奥にある新聖具室は、
刺客に襲われたロレンツォ・デ・メディチ(豪華王)が
命からがら逃げ込んだ場所だと言われているから。
歴史の舞台となった場所を見てみたかった。
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ね、進めない。
私のような観光客がごまんといるからだろう。
歴史を動かす事件となった場を、写真でもいいから見てみたかった。
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これはクーポラの裏側=天井。
これではハッキリ見えないが、「最後の審判」が描かれている。
天井画はさすがに運ぶことができないから
美術展などで見る機会もない。
これほどまでにスゴイ、素晴らしいとは思っていなかった。
技術もさることながら、センスもそう。
あとは絵師の忍耐力にも脱帽である。
上を見ながら、したたる絵具との格闘はさぞかし、、、。
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有名なダンテの肖像。手に持っているのは「新曲」。
その後ろにはクーポラも見える。
そうそう、今年はこのダンテの新曲<地獄篇>が映画になった。
まだ観ていないし原作も読んでいないが、機会があったら読んでみたい、観てみたいと思う。
実はダンテは1302年、生まれ故郷のフィレンツェから追放された。
その後は各地を転々とし、富裕な市民の慈意にすがって生きたと言われている。
追放されてから死に至るまでの間に「新曲」は書かれた。
よって、この肖像画も故郷のフィレンツェに背を向けている…と評されている。

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フィレンツェの有名な画家、緻密で厳格な自然主義者のカスターニョによる
ニッコロ・ダ・トレンティーノのフレスコ画。
この人は、サン・ロマーノの戦いを指揮した総隊長。
筋肉や肉体の力強さにカスターニョの緻密さが見える。
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そしてこちら(左側)は、ウッチェッロによる
フィレンツェ市の傭兵隊長、イギリス人のジョン・ホークウッドのフレスコ画。
タペストリーにも見えるが、あくまでも壁に描かれたフレスコ画である。
ウッチェッロもフィレンツェでは有名な画家。
二人とも遠近法を用いているが、台座部分の描写に決定的な差異がある。
遠近法はルネサンス時代にこぞって研究され確立されたようだ。
今は何気なく見てしまうが、よくよく見ると
ウッチェッロの描いた台座のほうが立体感にあふれている。

ちなみにフィレンツェは、競わせることが好きだったようだ。
ダ・ヴィンチとミケランジェロも戦っている。
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あちらこちらで見られた灯。
少し寒々とした内部に穏やかな暖かさをもたらしていた。


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# by gozirappa2 | 2016-11-17 21:30 | duomo | Comments(0)
サンロレンツォ教会を出て、オレンジ色のクーポラが見える方向へ歩いていく。
地図を見ながら、クーポラを見ながら、歩いていく。
「この角を曲がってまっすぐ行ったら…」と胸を弾ませ歩いていく。
少し視界が開けたその瞬間に見えたのが…
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「サンタ・マリア・デル・フィオーレ」
花の聖母教会とも言われている。
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「うわぁ」という感嘆の言葉しか出ず
しばらくそこに立ち尽くす。
こんな感動はいつぶりだろう。。。
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左奥に見えるのがクーポラ。
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ドゥオモの正面。
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詳しい説明はまた追って。
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白、緑、ピンクの大理石で装飾されている。
これ全部が大理石。
隣に見えるのは「ジョットの鐘楼」
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ジョットの鐘楼も同じく大理石。
高さは85m。上まで登れる。
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クーポラ。
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ぐるっと回って裏側に来るとこんな感じ。
なかなか陽が当たらない北側だからか少しカビっぽい。
クーポラが完成したのが1436年というから
今年でちょうど580年…。そりゃ、カビも生えるわな。


フィレンツェの象徴となっている大聖堂は、
1296年にディ・カンビオによって建設が始められた。
ブルネッレスキがクーポラ(円蓋)を架け終わったのが1436年。
屋根の上に載っているランタン部分が完成したのはさらに遅れること1468年。
着工から完成まで実に150年以上もの時間がかかっている。

ちなみにジョットの鐘楼は1359年に完成。
諦めずに創り続ける…その意気がすごい。

ガウディのサグラダ・ファミリアといい勝負だろうか。
サグラダ・ファミリアはその時代その時代の建築様式や
担当した建築家の個性が反映されていて
なんとなくちぐはぐなイメージを持ったものだが、
この大聖堂においてはそれだけの時間がかかっているとは思えないほど
全体的に統一されていて美しかった。

この日は少し雲が多く写真は暗め。
旅行中、幾度となくこの周りをウロウロしてベストショットを狙った。
それはまた後のページで。。





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# by gozirappa2 | 2016-11-17 21:10 | duomo | Comments(0)

フィレンツェ・カード

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72時間以内なら指定されている美術館や博物館を自由に入れる旅行者のためのカード。72€。
「高い!」という相方に、
これがあれば長い行列の最後尾に並ぶことなく優先入場できると説明する。
まるで印籠のようだよ!と。

「よし、買い」

並ぶことが何よりも苦痛という人にはオススメ。
限られた時間でたくさんまわりたいという日本人にも向いているかも。

Duomoを始めフィレンツェの名だたる美術館や博物館のほとんどで使える。
買ってから72時間ではなく、最初の入場から72時間というのも有難い。

クーポラなんて登るための列が大聖堂の半周近くに及んでいる日も。
その横にフィレンツェカード専用の優先レーンが設けられていて
ほとんど並ばずに入場できるのはちょっとした優越感。

ですが、、、。欧米の人たちは並ぶことも楽しみの一つと捉えているのか、
思い思いの話に花を咲かせ、まるで焦っている様子は見えない。
それはそれで羨ましいなと、せっかち極まりない相方を横目に3日間、印籠を使いまくった。

ちなみに横にある白いカードは
大聖堂、洗礼堂、ジョットの鐘楼、クーポラの共通券。
こちらは10€で24時間有効。
フィレンツェカードを持っていても渡された。

赤いカードと白いカードというのがおめでたい。


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# by gozirappa2 | 2016-11-10 23:28 | informazione | Comments(0)

サンロレンツォ教会

こちらはサンロレンツォ教会。
君主の礼拝堂と建築上はつながっているが、入り口は別。

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なんだか建築途中に見える…。
その通り。紆余曲折を経て
このファサードは粗いレンガを積んだままで終わっている。
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ドゥオモのクーポラを設計したブルネッレスキによって
13世紀の半ばに再建された。
創建は4世紀とも言われ、フィレンツェでも最初のルネサンス建築のひとつ。
途中、メディチ家が絡んだり、戦争があったり…。
ブルネッレスキの死後も弟子たちに引き継がれて完成を見るも、
このファサードだけは未完に終わってしまったらしい。
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このファサードのプランには、あのミケランジェロも関わったとか。
しかし。やっぱり未完で終わってしまった。
それでも、そのことが賞賛にすらなってしまうのだ。
恐るべし、ミケランジェロ。。。未完の帝王と言えそうだ。
奥に見えるのは、君主の礼拝堂のクーポラである。
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教会の内部。
3廊式で、優雅な円柱とアーチで仕切られている。
少々暗くて見えにくいが、
灰白色の何とも言えない高貴な色合いである。
左右には礼拝堂が並び、折々に絵画が飾られ
装飾が施されている。
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「祖国の父」と言われた、コジモ・イル・ヴェッキオの墓碑。
「PATER PATRIAE=祖国の父」という意味だそうだ。

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左翼廊手前にある「マルテッリ礼拝堂」。
ここにはフィリッポ・リッピによる「受胎告知」の絵がある。

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各名家に1つ礼拝堂があるようなイメージで
それぞれの礼拝堂にはこうした絵画や装飾がある。
そう、きっと「家柄」とか「階級」とか、
ある種の権力や地位を誇示する場のようだ。
誰にどんな絵を描いてもらうか…。
依頼する側もされる側も、
ドキドキ・ワクワク?な悩みだったに違いない。
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これがフィリッポ・リッピの「受胎告知」。
彼はルネサンス初期を代表するフィレンツェ派の巨匠のひとり。
肉屋の息子として生まれるも両親の死別に遭い
修道院の修道士として若年期を過ごす。
そんな背景が影響しているかどうかわからないが、
この人、かなりの好色でスキャンダルも多かったらしい。
彼の描く女性は、その時の思い人を描いているという話も。
ルネサンス時代の人たちは、とても人間臭いなと思う。
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こうしたキリストの磔刑像は
今回訪れた教会や聖堂には必ずあった。
そしてどれも同じ向きにうなだれている。
これは私のキリスト七不思議のひとつだったりする。
聖書にこんなことまで詳細に書かれているのだろうか?
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残念ながら作者不明。
絵の中にさらに絵があるという面白さで
思わずシャッターを押した。
予めそういう構想で作られたものか、
途中で誰かがこのようにしたのか。
イタリア語はもちろん英語も覚束ないため
注釈をしっかり読み込めなかったことが悔やまれる。

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教会には、こうした中庭と回廊がある。
ちょうど、向こう側の2階の建物が図書館になっており、
そこへ続く階段をミケランジェロの作品とされている。
これまた残念なことに、たどり着けずに終わってしまった。
やはり、初日というのは慣れないことも多く、
度胸もあまりなく、次へ急がねばという状況もあり…。
それでも優に2時間はここに居たように思う。

そして、いよいよ、ドゥオモへ。







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# by gozirappa2 | 2016-11-08 23:29 | basilica | Comments(0)
礼拝堂の奥に新聖具室(墓所)がある。
かの有名なミケランジェロが設計と装飾を手掛けた。
一人の芸術家が両方を手掛けた最初の例だそうだ。
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しかしながらこのミケランジェロ、「芸術家=個性的」という一般的なイメージで
収めることが難しいほど個性的(…というか私としては人間らしい気もする)で
当時の歴史の史実に残る紛争やら内戦やらに大きく翻弄された人生を送り、
何度も雲隠れやら逃亡やらを繰り返している。

この新聖具室も、途中でミケランジェロはローマへ行ってしまい、
未完だったものをヴァザーリが続行し完成に至ったという話もある。

比較的小さな正方形に近い部屋で
祭壇の向かいに3人の像、残り2面は向かい合って墓碑が造られている。
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これが祭壇。
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祭壇に向かい合っている3人の像。
真ん中にいる「聖母子像」がミケランジェロの作品。
両脇のオジサンはメディチ家の守護聖人。
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聖母子像のアップ。
なめらかで艶やかで美しい。
大理石の塊をこんな風に仕上げられるなんて。
仕上がりを想像しながら彫進めていくわけで。
「あ、しまった削りすぎ」なんて簡単に言えない。

人柄と作品とが相反するミケランジェロ。
故に天才なのかもしれない。

この聖母子の下の棺には、メディチ家の超有名人
フィレンツェ君主ロレンツォ・デ・メディチ(豪華王)と
その弟、暗殺されたジュリアーノ・デ・メディチが眠っている。


残り2面を埋めているのは
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この2つ。
違いが分かるだろうか?

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まずはこちら。
下方に配されている2体の寓意像は、
向かって左の憂鬱な老人「黄昏」と
右側の女性、喪に服する「朝」。
その上に「考える人」のポーズで座っているのが
ウルビーノ公 ロレンツォ・デ・メディチ。
先ほど出てきた豪華王の孫にあたる。
何とも憂鬱な面持ちである。
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3人ともそれぞれ物思いに耽っている。
何を考え、憂いているのだろう。

しかし、なめらかでいて体の造りは非常に写実的。
ミケランジェロやダ・ヴィンチは、
自分の作品をより“人らしく”にするために
死体を(解剖し)スケッチすることに
かなりの時間を割いたとも言われている。


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そしてこちら。
下の2像は向かって左の四肢を屈めている女性は「夜」。
その横、身をよじり顔だけ向けている男性は「昼」。
その上には鎧をつけたヌムール公 ジュリアーノ・デ・メディチ。
先のウルビーノ公の弟にあたる。
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このオジサンは未完では?という話もある。
「オッサンだからいっか」みたいな…感じもする。
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ローマ風の鎧に身を包み、手には指揮棒を持っている。
ロレンツォに比べて凛々しく活動的。


ミケランジェロがメディチ家の報復を恐れて逃げいている時、
この新聖具室の地下にかくまわれていたという話もあるそうだ。
というのも、このデッサンが発見されたことで真実味を帯びたようだ。
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こういう部分を見ると、大理石の大きな一塊から
掘り起こして削り取り、掘り起してまた削り、
そんな作業を続けたことがわかる。
言葉は陳腐だが、やっぱり天才だなと思う。

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ちょうどこれからお昼に向かう時だったからか、
柔らかい光が差しこんで、ほの暗い新聖具室を照らしていた。
珍しく観光客も少なく、ゆっくりじっくり
ミケランジェロを感じながら次の場所へ向かった。


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# by gozirappa2 | 2016-11-01 22:58 | cappella | Comments(0)
まず、最初に訪れたのは「メディチ家礼拝堂(Cappelle Medicee)」である。
花の都フィレンツェ! まずはアレでしょ、大聖堂でしょ…。というところなんだけど。。

実は今回、週末にかけての旅程だったため、
教会やら大聖堂やら美術館やら、拝観できる時間にかなり制約があった。
あっち行ったらこっちに行けない、ここに行ったら間に合わない…。
土曜日は午前のみ、日曜日は休館…なんてことがしばしば。
事前のスケジュールを組むのも一苦労だった。

ということで、フィレンツェ=メディチ家でしょ、と少し強引な理由を持ち出し
大聖堂へと逸る気持ちを落ち着かせ、まずはメディチ家礼拝堂へ。
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向かって左側に見えるのが入口。
こうして見るとそうでもないけど、実に大きくどっしりしている。
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荘厳さに息をのみ、
上を見上げれば見下ろされていた。
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有名なメディチ家の紋章。
丸薬を表しているという説もあるようだが、
メディチ家がフィレンツェの歴史舞台に登場したのち、
医学者を輩出した形跡はなさそう。
確かにイタリア語で「medicina=薬」なんだけれども。
どうやら先祖をたどると関係しているらしい。


ドキドキしながらフィレンツェカードを見せ、入管と同時にボディチェック&持ち物チェック。
以後、いろいろなところでチェックはあったが、ここが一番念入りに、しっかりしていたような気がする。
空港並み…は大げさか。。

そして一番最初にカメラに収めたものは!
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主役は中に入っている「骨」である。
当時は、聖人の骨や所有物の一部を見たり触れたりすると、
地獄での浄化年数を短縮できると信じられていたそうだ。
「聖遺物」として、あちこちで見ることができた。
素晴らしいのは骨よりも、それを収めているケース(といって良いのかな?)。
装飾も見事だし、1つひとつ違っていてそれだけで博物館ができそうだった。
しかし、最初に見たのが骨とは…。
いやいや、有難し、有難し。きっと浄化して頂けただろう。

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メディチ家の家系図。
上から下へではなく、下から上へ読む。
この方が「栄えてるぅ」という感じがする。
メディチ家の歴史とドラマをたどり始めたら
私の人生終わってしまいそう。。なほど、すごい。
これはほんの一部である。


さて、このメディチ家の礼拝堂とは、後述する「サン・ロレンツォ教会」に付属する
「君主の礼拝堂」と「新聖具室」の2棟の総称をいう。
ジョヴァンニ・デ・メディチの設計に基づき17世紀初頭に造られた
歴代トスカーナ大公の墓所となっている。

骨やら家系図やらが飾られていたスペースから、少しばかり階段を上がったところに
「君主の礼拝堂」がある。
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が、、、。なんと工事中。
というより、リメイク中。
この正面の両側に、それぞれ君主の像がまつられているのだが
それらは囲われていてほとんど見えなかった。

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向かって右上に、辛うじてメディチの紋章が見える。
その下には誰かがいる…。
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残念ながら、これが誰なのか分からない。
(調べによるとフェルディナンド1世かコジモ2世?)
ここにはメディチ家出身
歴代トスカーナ大公家の皆様が眠る予定だったそうだが
財政難ということもあって2名の像しか立たなかったようだ。
工事中、返す返すも残念だーーー。
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あぁ、残念と上を見上げるとそこには別世界が。
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素晴らしい天井画。今回の旅は本当に上を向くことが多かった。
オペラグラスを持参してきて正解。
多くがキリスト教にまつわる物語が描かれていて、しかも分かりやすい。


君主の礼拝堂は、壁面を大量の彩色大理石と半貴石で飾り立てている。
前面の様子を撮影できなくて本当に残念。
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これらも全部石でできている。
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こちらもである。
写真だとその質感が伝えられずもどかしい。
繊細にして緻密な仕事ぶり、見事な色使い…。
これらが限られた小さなスペースではなく
壁面や床に敷き詰められているのだ。
すごすぎる。
職人同士、腕を競いながら作業をしていたのかな。
「オマエ、下手だな」とかなんとか言いながら。
フィレンツェ人は競うのが好きと本で読んだ。

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これがメディチ家礼拝堂の全体模型である。



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# by gozirappa2 | 2016-10-22 19:21 | cappella | Comments(0)
フィレンツェの街に出て最初の1枚。
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ヨーロッパに来るといつも思うこと。
「対称の美しさ」である。
日本ではなかなか見かけない街角、街並みである。
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整然とされていてシンプルだなと思う。
レストランやショップもあるのに閑静な住宅街に見える。
余計な装飾はなく、看板も少ない。

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街のあちらこちらで「マーケット」が開かれていた。
土曜日ということもあり多くの出店が準備中。
これからの旅をワクワクさせる初日の朝の始まりだ。
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サンタ・マリア・ノヴェッラ駅。
フィレンツェの鉄道の玄関口である。
上に高くなく、奥行きのある駅でお店も結構入っている。
地下はショッピング街になっていた。

3日後には、ここからボローニャへ行くことになっている。

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# by gozirappa2 | 2016-10-06 23:37 | via | Comments(0)

いつも同じ…。。

旅の楽しみの一つと言えば、もちろんグルメ・料理。
しかもイタリアとくれば、そりゃぁもう…といったところ。

さて「朝ごはん」はどうかと言えば、一般的にイタリアではカプチーノとパン、
あるいはビスケット程度らしい。
ホテルの近くにお店があるか分からなかったのと、諸般の事情により
今回は「日本人にも人気」という朝食付のプランを利用した。

が、まぁそんなところだよね、というラインナップ。
初日こそアレコレ選んでみたけれど、振り返ると毎日同じモノを食べていたような。。
でも考えると、日本でも毎日同じ朝ごはんを食べてるナ。

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テーブルごとに1輪の花。
無造作に積まれたようで、それがしっかりオブジェになっていたシュガー。

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記念すべき?フィレンツェ最初の食事。
特筆すべきはチーズ。かなり美味だった。
初日ということで、ちょっと欲張ってみた。
このほかにもフルーツを少々。

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2日目はこんな感じ。
この日に初めて食べたプルーンのシロップ漬け
(写真左、黄桃の隣にある)
これが柔らかくてジューシー
好みの味ゆえに食べ過ぎて観光中、
ちょっとお腹が痛くなってしまった( ̄◇ ̄;)
それでも毎日の一品にエントリー。

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3日目のメインはシリアルにヨーグルトをかけて。
日本でも毎日こんな感じだなぁ。
しかし!
日替わりで食べているパン、
というかパウンドケーキ、
これも実に美味しい。
そして、微妙に毎日種類が変わる。
今日はしっとりプレーン、甘さ控えめ。
なぜか、この日からトマトが消えてしまった。

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4日目。パンと果物が変わる。
このチョコパン、かなりイケている!
パン生地はサクサク、その内側に丁寧に編み込まれている
チョコレートはしっかり濃厚でソフトな食感。
ボリューム感もちょうどいい。

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5日目。またもやパンと果物が変わっただけ。
この日はアップルタルトのような感じ。
リンゴの甘酸っぱさと生地の甘さがいいバランス。
プラムも新鮮でおいしかった。

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6日目。炭水化物三昧(><)
前日はお気に入りのチョコパンがなかったので
ついつい、手が伸びてしまった。
もう一つはパウンドケーキの王道らしき味。
そのくらい、このチョコパンは美味しかった…のです。


最終日の朝は、残念ながら仕事のメールに追われることになり食べずに終わる。
というのも、この日、朝一番でウフィッツィ美術館の予約を入れてあったので
優雅に朝食をとる時間がもともとない。その上に仕事のやりとり…。
次の旅の為にも仕事をおろそかにもできない。。。

一人で食べに行った相方さんに「チョコパン」だけ持ってきてもらい
(ちゃんとこの日もチョコパンがあったのだ!)
口に放り込んでウフィッツィへと急いだ。

結局、ホテルの周辺にはいくつかカフェやパン屋があって、
そこで食べるのもよかったかもしれないな、と思いつつ。
ちょっと立て込んだスケジュールとそれなりの料金であることを考えると、
毎日同じものでも「おいしい!」と思いながら食べることができたし、
少しずつ変わるパンや果物を楽しみにしていた自分を思うと、
これはこれでよい選択だったのかも、、と思っている。



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# by gozirappa2 | 2016-10-02 21:57 | gourmet | Comments(0)